舟山和秀のブログ

ときめきと安らぎに彩られた素敵なひと時を

このブログは18歳未満の閲覧を固く禁止します。
未成年の方は速やかにお戻り下さい。
(ここには こわい ことが かいて ある ので こどもの ひと は みないでね)

サーキットツアー開始 2018/03/22 17:00 まで、あと、 カウントダウン です。

↓↓↓こちらもよろしく↓↓↓

twitter @kazu_funayama
pixiv id kazuhide_funayama

標令と能力について

 現在48歳9か月、情報セキュリティマネジメント試験に合格した。

 試験というものに合格するようになって久しい。

 もちろん不合格だった時もあったけれど、そのあと勉強して挽回して合格したので諦めてしまったという試験はない、社会人になってからは。(※)

 こんな書き方をすると罰があたるけれど、自分が「試験」というものに合格できる様になったのは、もう「試験」というものが人生を左右しない年齢になってからで、その能力が最も必要とされた中学高校の六年間にそれが発揮されなかった事が恨めしい。

 当時は学習と成果が比例するという自信がもう完全に無くなっていて、教科書に書いてあったり教師が説明している事が理解できて自分の頭に入るとは全く感じていなかった。実際、英単語などは小テストで失敗すると(かならず失敗した)間違えた箇所掛ける百回筆写とかの罰課題が出されたので数千回、レポート用紙一冊丸々真っ黒にするほど反復学習を行ったが、それでも一切、完全に一切記憶できなかった。

 だから、次の日に同じ問題の追試でも同じように失敗するので、また数千回筆写を行ない、さらにその日の新しい小テストでも失敗するので罰課題はネズミ算式に増えていき、休み時間も通学の電車の中でも家に帰っても夜中まで罰課題を行ったが一切、本当に一切記憶できなかった。

 余談ながら、もう消化できないのでその英語の時間中に授業を聞かずにこっそりやっていたのが教師に見つかり、書いていたレポート用紙をその場でビリビリ破りすてられてしまった事もあった。

 しかし英語教師もそのうち飽きてきたのか、それとももう僕の事は意識しなくなったのか、ある日追試を受ける為に分厚いレポートを持って職員室に行くと「そんなに書いてきたのか」と驚いてどういう訳か労ってくれて、立ち去っていいと言った。

 僕が「追試は?」と聞くと「そんだけ書いたところで、お前はどうせ合格できないだろ」と言って追っ払われた。

 その英語の教師には入学以来、毎日かかさず何かの理由で教壇の上に引きずりあげられては平手打ちを受けていたのだが、そのころから余りそういうことは無くなった。

 三年生の後半くらいの出来事だったと思う。

 その教師だけでなく、ミミズ腫れになるほど竹刀で打ち据えたりの体罰が当たり前だった僕の学校の教員達も僕にはあまり何もしなくなった。

 その後、エレベータで高校に上がった(不合格にするわけに行かないので入学させると説明された)が今度は中学の時よりもさらに苛烈ないじめが待っていた。

 その事は今は書かないけど、上履きの形で誰が誰かを識別して教室中を逃げ回っていたぐらいだった。

 でも、そうした状況に苦痛を感じながらも理不尽をあまり感じなかったのは自分が全く学習というものが出来なくなっていた自分の能力ではある種当然の報いのように感じていたからだろうと思う。

 中間・期末テストでは、記号問題の箇所をa,a,a,a,a,a,a,aとかすべて同じ答えで埋めて零点を免れていたくらいで、自分で考えた事は全部が全部誤っていて、考えたり学習したりする事は無意味だと確信していた。

 

 その時に失った自信は今でも取り戻す事はできていない。

 たぶん死ぬまでダメだろう、なにしろ僕は僕だからな。

 

※話の都合上、このように書いているが唯一ビジネス実務法務検定の2級は不合格後の再学習中に法務と無関係な職場に配属になったのをきっかけに断念する事にした。また、受験はしていないもののある程度の学習をしながらも結局中止した試験もある。