舟山和秀のブログ

ときめきと安らぎに彩られた素敵なひと時を

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なぜ我々には全てに於いて初めから選択肢が存在しないのか。

 食用ウナギはおそらく絶滅してしまうのだろう。

 多くの人が漁獲制限を訴えているが、これを読むとどうやらそれ以前に密漁や密輸の問題があって、それは個体の減少と並行して深刻なようである。

2018年漁期シラスウナギ採捕量の減少について その6 新しいシラスウナギ流通 | Kaifu Lab

 それはそうと、今年に限ってなるべくウナギは食べてあげるべきだと思う。

 というのも、もしも今年みんなが善意による買い控えを行ったとしたら、今年のうちに街のうなぎ屋さんの大多数は潰れてしまうが、そうしなければ少なくとも来年までの間は店舗なら営業品目の転換、被雇用者は他業種への転職を行う準備を行う事ができるからだ。

 仮に買い控えにギリギリ今年は持ちこたえて、その間に資源保護のルールづくりがなされたとしても、つまるところ公然とそれは破られ失敗に終わり、遅くとも翌々年にはウナギは絶滅する結果になるだろうから、小売店は少しでも体力がある間に活路を見出した方が良い結果になるのではないだろうか。

 どうしてこんな事を書くかと言うと、狂牛病が流行り始めたその後を思い出したからである。

 牛から生成された肉骨粉を牛に与えた事が狂牛病発症の原因となったか否かについての結論は今でもでていないと思うし、食肉牛を育てる苦労や事情について僕自身食全く知らないので従事されている方々には申し訳ないのだが、やっぱり「牛には与えるな」と一応は袋に書かれているものを与えた生産者には相応の保障がなされた反面、巷の焼肉屋はどんどん潰れていくしかなかった事について、それがフェアーだったかどうかは置くとして、今回も統計に穴を開けて闇を続けていた人たちへは何らかの穴埋めがあったとしても、商店街の住居兼店舗で家族で切り盛りし続けてきた人たちには何も充てがわれる事は無いだろうと感じてしまうからである。

 おそらく、肉骨粉と同様に密漁や密輸もだんだんと生計をたてる手段として普通の行為に変化してゆき、やがてそれなしには業を維持する事はできなかったのだろう。

 だから、仕方のない事だったというのがたぶん正しい結論で、だからこそ破滅への過程であっても、その道程から分岐する事のできない無力さを感じざるを得ない。

 現政権の功績とされている雇用や投資の改善が本当だったとしても、それは明日も今日と同じ(無)采配になるというそれだけの安心感から束の間の活況を呈しているだけではないだろうか。

 そして「国が敗けたら…」とか「会社が潰れたら…」とかの大義で「仕方ない」の呪文に縛られ続ける毎日。

 我々には舵を切ると横転すると信じられている船に乗り、浅瀬に向かって航走するしかないのか。

 

 ところで、もしも日本に本社があって日本で登記されている法人が漫画村から広告スペースを買っているのだとしたら、彼らはなぜ日本の著作権法で取り締まることが出来ないのだろうか。

 本の購入者が自腹で代金を払う自炊代行業者が取り潰されたのに比べてこれは何なのか。

 数人の「民族の代表者」による抗議で、あたかも人類普遍の真理を冒涜したかの如く恫喝され、本を取り上げられてしまうのは仕方のないことなのか。

 

 我々はどこに行くことも出来ず、どうすることもできない。

 

 なぜなのか。